☆”やちむん”の話でも少し…

 

 

 

その① 琉歌に唄われたヤチムンにまつわる悲哀

 

 

 西暦1616年、当時の琉球国王(しょうねい)

薩摩から朝鮮陶工の一六(中国名張献功、和名仲地麗伸)を招聘して

琉球の陶器生産の技術指導をさせた際の話です。

 

 何年かのち帰国を希望する一六になんとか永住をさせたい王府は

彼の要望に拠り、すでに夫がいた(まうし)という女性を無理やり

離婚させ一六と一緒にさせたというのです。

 

 先夫のことが忘れられない眞牛は毎日窯場(湧田窯;現在の沖縄県庁舎

のある付近)の丘に登って南方にある故郷(小碌間切當間村)を望んで唄っ 

たという歌が瓦屋節として現在でも歌い継がれています。

 

 

瓦屋(からやぶし)

 

瓦屋(ちぢ)(のぼ)南向(まふえむ)かてれば、

 

(しまうら)ゆる、(さと)らぬ。 

 

 

 

~意味~ 

 

  「窯場(いただき)登って、南方をみれば、

 

                       見えるものは島の浦ばかりで、彼の姿は見えない。」